<1分で解説>立憲・公明新党のモデルは? 野党合従連衡を振り返る

2026/01/16 13:43 

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 立憲民主党と公明党が新党を結成することで合意しましたが、1990年代の政治改革で小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、野党勢力は非自民勢力を結集する形での合従連衡を繰り返してきました。1分で読めて役に立つ「サクッとニュース」、今回は「繰り返される野党の合従連衡」を解説します。

Q どうして急に新党を作ることになったの?

A 選挙戦の構図を大きく変えるため、両党が話し合いを重ねて合意に至りました。これまで公明は自民党と連立政権を組んでいましたが、今回は立憲と手を組むことになりました。

Q 野党勢力はこれまでどんな動きをしてきたの?

A 例えば、94年に自民、社会、新党さきがけの3党連立政権が発足した際、野党側は新生党の小沢一郎氏が主導して公明党の一部、民社党、日本新党などが結集し、新進党を結党しました。まだ若手議員だった立憲の野田佳彦代表と公明の斉藤鉄夫代表も所属しており、今回の両党による新党結成は「新進党をモデルにした」(立憲関係者)との見方が強くあります。

Q 政権交代したこともあったよね?

A 2003年衆院選の直前、民主党の菅直人代表と自由党の小沢党首が合併交渉を行い、民主が自由を吸収合併する形で合流しました。民主は03年衆院選で177議席を獲得して躍進しました。05年衆院選では敗北しましたが、09年衆院選では圧勝して政権交代を果たしました。

Q うまくいかなかった例は?

A 記憶に新しいのは、17年の希望の党です。安倍晋三首相(当時)が唐突に衆院解散を表明したのに対し、小池百合子東京都知事が政権交代を目指して結党しました。当時の野党第1党・民進党の前原誠司代表は希望の党への合流を決め、一時は自民を脅かす勢力になると思われましたが、小池氏はリベラル系の民進議員の合流を「排除いたします」と拒否しました。排除された議員を中心に枝野幸男氏が立憲を発足させ、立憲がこの年の衆院選で55議席を獲得して野党第1党となりました。

毎日新聞

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