市場と対話巧み「マエストロ」 グリーンスパン元FRB議長死去

2026/06/22 22:26 

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 22日死去した元米連邦準備制度理事会(FRB)議長のグリーンスパン氏は、長期にわたる米経済の安定成長を支えた巧みな金融政策運営により、市場から畏敬(いけい)の念を込めて「マエストロ(巨匠)」「金融の神様」と呼ばれたカリスマ的な存在だった。

 1987年のFRB議長就任直後に直面した「ブラックマンデー」の際に、市場への資金供給など迅速な対応で拡大を食い止め、名議長としての第一歩を踏み出した。

 2001年の米同時多発テロなど数々の危機を乗り越えた同氏は退任前に「米経済の柔軟性で危機を克服してきた」と振り返っている。

 18年半にわたる任期中は、物価安定の下で長期的な米経済の安定成長を実現。議長として注力したのは、その時々の経済情勢に合わせて政策金利を上げ下げするなどして、自由な市場の下での米経済の成長や回復力を最大限に引き出すことだった。

 市場との対話の巧みさでも定評があった。世界最大の経済国の中央銀行総裁として全世界の注目が集まる中、時には難解な言い回しを駆使しながらも市場の混乱を招くことなく適切な方向に誘導することから、名指揮者になぞらえた「マエストロ」として絶大な信頼を得るようになった。

 ただ、本人は「カリスマ」扱いされたことに対し、「買いかぶりで、愉快なことではなかった」と述懐している。

 一方で、06年の議長退任後の金融危機の発生を巡っては、在任中の低金利政策が「住宅バブルを生む原因になった」との批判も浴びた。本人は「金融政策が原因ではない」と反論した。

 金融の中心地ニューヨークのマンハッタンで生まれ育ったグリーンスパン氏。青春時代にはサックス演奏など音楽活動に没頭した時期もあった。

 だが、経済学に関心を抱きニューヨーク大に進学すると、エコノミストの道を歩み始めた。「経済分析が大好き」と話し、議長退任後も市場の動きや統計のチェックは欠かさなかったという。

毎日新聞

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