プロ野球史上唯一の3000安打 被爆語り部も 張本勲さん死去

2026/09/10 18:28 

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 プロ野球・東映(現日本ハム)、巨人などで歴代最多の通算3085安打を記録して「安打製造機」の異名を取った左の強打者で、引退後は「球界のご意見番」として人気を博した張本勲(はりもと・いさお)さんが9日、亡くなった。86歳。日本プロ野球名球会が10日、発表した。

 広島市出身。両親が朝鮮半島出身で在日韓国人2世として生まれ育った。1945年8月6日、5歳の時に爆心地から2・3キロの自宅で被爆した。

 大阪・浪華商高(現大体大浪商高)から59年に東映入り。幼少期のやけどの影響で右手が不自由だったが、猛練習などで克服し、左右に打ち分ける広角打法で安打を量産した。1年目に新人王に選ばれ、3年目の61年に打率3割3分6厘で初の首位打者。62年に球団初のパ・リーグ優勝に貢献して最高殊勲選手(MVP)に輝き、67~70年に4年連続で首位打者を獲得した。76年に巨人に移籍し、王貞治さんとともに長嶋茂雄監督の下でセ・リーグ連覇に貢献。80年にロッテに移ってプロ野球史上唯一の3000安打を達成し、81年限りで引退した。

 23年間の通算成績は歴代4位の2752試合に出場し、同3位の打率3割1分9厘、同7位タイの504本塁打、同4位の1676打点。首位打者7回はオリックス時代のイチローさんと並び歴代最多。90年に野球殿堂入りした。

 引退後はスポーツニッポン新聞社の評論家などとして活動し、TBS系「サンデーモーニング」で選手のプレーなどを「喝!」「あっぱれ!」と評して人気となった。被爆体験の語り部としても広く知られた。

毎日新聞

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