「弾除け神社」奉納の出征兵士の写真 家族に返す展示会 山口

2026/08/15 08:45 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 戦時中に「弾除(たまよ)け神社」として知られた山口市の三坂神社。戦地に向かう兵士たちの無事帰還を願い、神社には多くの肖像写真が納められた。その写真を家族や親族の元に返す奉納写真展示会が14日、山口市中市町の山口井筒屋で始まった。15日は81回目の終戦の日。

 三坂神社は戦時中、「日清、日露戦争に出征した氏子の兵士全員が帰還した」と報じられたことで「弾除け神社」として知られるようになった。日中戦争や太平洋戦争に出征する兵士の家族らが無事を祈って全国から写真の奉納に訪れた。

 奉納された写真は約2万5000枚。戦後、先代宮司が本人や家族に約1万1000枚を返還した。残りの約1万4000枚は神社で保管され、現在の江端希之宮司(46)と、三坂神社歴史館の石丸祐司館長(84)を中心に返還する活動を続けている。

 この活動に、防府市の県立防府商工高が2021年から協力している。商業科3年生の総合実践学習のテーマの一つに取り入れ、地域の戦争の歴史を学ぶとともに、名簿の作成・修正や写真のデジタル化作業を担う。今年も生徒8人が写真のデータ処理やポスター作りなどに携わった。

 会場には旧山口市内の住所が記された1232枚の肖像写真が並ぶ。25人分の写真を集めたA2判のパネル49点や、これまでの返還活動で神社に寄せられたお礼の手紙なども展示している。パネルを編集した防府商工高の中村昊雅(こうが)さん(18)は「若者が戦争に行かざるを得ない時代だったのだろうと思うと、戦争は怖い、なくなってほしいと思った」という。

 山口市阿知須から訪れた女性は大叔父と思われる「村田弥四郎さん」の写真を見つけ、調査を神社側に依頼した。女性は「戸籍に弥四郎さんがフィリピンで亡くなった記録はあるが、祖父から弟の話しを聞いたことはない。写真が戻ってきたら祖父の納骨堂に一緒に納めたい」と話した。

 展示会は16日まで。会場で家族などからの問い合わせなどにも応じる。【藤田宰司】

毎日新聞

社会

社会一覧>

注目の情報