「事故のない社会へ」 福知山線事故の保存施設、遺族らの願いと懸念
20年前のJR福知山線脱線事故を巡り、当時の車両などを保存する施設が完成した。犠牲者の遺族は「事故のない社会を作る一助に」と願いを込める一方で、事故の「風化」を懸念して一般公開を望む人もいる。
◇「おやじの死、無駄にならない」
仏壇仏具店を営む武部匡志さん(64)は父譲治さん(当時71歳)を亡くした。事故直後、兵庫県尼崎市の現場で父の姿を捜した。次々と救急車が駆け付け、快速が突っ込んだマンションの駐車場辺りはガソリンの臭いが立ちこめた。
今から10年以上前、JR西日本が現場を模して作ったジオラマを目にしたことがある。事故当時に見聞きした光景がよみがえり、気分が悪くなった。
車両や現場は父が最期を迎えた場所だ。惨状を再現する施設は決して、手放しで喜べるわけではない。「5年や10年ではとても無理だった」と話すが、時間がたった今なら向き合えると思い、施設を訪れるつもりだ。
JR西では事故後に入社した社員が全体の7割を超えるようになった。武部さんは遺族として社員研修で講話したこともあり、安全に向けて施設を役立ててほしいと願う。
「鉄道会社を志す人にも施設を見てもらいたい。事故のない社会の助けになるなら、おやじの死も無駄にならない」
◇気をもむ「風化」
長男の満さん(当時37歳)を亡くした斎藤堅一さん、百合子さん夫妻は納得がいかない。「なぜ、施設を一般公開しないのか」
時間をかけて心の整理をしてきた。友人らから「もう20年もたつのか」と驚かれたことがあり、夫妻が気をもむのは「風化」だ。
未曽有の事故であるだけではなく、ミスをした社員への懲罰的な「日勤教育」など企業体質が事故の背景にあったとされている。
だからこそ、どれだけ重大な事故だったかをもう一度、世間に知ってほしいと願う。JR西は遺族らが施設の公開、非公開を希望する割合について明らかにしておらず、堅一さんは「非公開とするなら根拠となる数字を示してほしい」と訴える。
◇「原点、説明する責任ある」
「車両は人生の転機となった場所。施設内を写真に収めて手元に持っておきたい」。2両目で重傷を負ったデザイナーの小椋聡さん(56)はこう望んでいる。施設内の撮影は禁じられているからだ。
事故からしばらくして、遺族らの間では故人の「最期の乗車位置」を探す取り組みが始まった。多くの犠牲者が出た1、2両目は大破し、わずかでも当時の状況を知りたいとする遺族らの思いがあった。
負傷者として会合に参加し、遺族らに接してきた小椋さん。その心情を考えれば、施設を一般に公開しないとするJR西の方針はうなずけるという。
その一方で、いつかは施設をオープンにすべきだとする考えもある。今は電車にほとんど乗らない生活となったが、JR西には注文を付けたい。「事故に関係する僕らだけでなく、今まさに利用しているお客さんにも施設を公開して説明する責任があるのではないか。あの事故が原点なんだと」【小坂春乃】
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