<町へ出よう書を探そう>始まりは「町唯一の書店閉店」 緑が覆うセレクトショップと本屋さん

2025/05/04 14:00 

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 海と山が近く、歴史的な町並みが残る神奈川県大磯町。緑に覆われた小さな店が、ひっそりとたたずむ。中に入ると、味わいのある焼き物やガラスの食器が置かれ、両脇に控えめに本棚が並ぶ。食や文化、地元にゆかりのある本が多い。

 つきやまBOOKSは、元々は毎月第3日曜に大磯港で開かれる「大磯市」に出店するクラフト作家のセレクトショップだった。7年前に町唯一の書店がなくなり「それなら、うちでやろう」と2021年に本を置き始めた。

 当初は新刊本を仕入れていたが、それだけでは経営が難しい。そこで「個人でできる小さな本屋さん」をコンセプトに、オーナー制の「貸し棚」も始めた。そのうち「薦めたいけれど、絶版になったから売りたくはない本がある」とオーナーから相談され、本を貸し出す図書館コーナーを併設した。

 棚のオーナーは、地元の中学校の図書館司書、編集者、近所の主婦などさまざまだ。2カ月に1度はオーナー同士が交流する飲み会を開く。「オーナーがいろいろな人を連れてきて、本好きが集まる場所になっている」と管理人の佐藤一樹さん(46)は話す。

 大磯町は伊藤博文ら8人の首相が居を構えた。つきやまBOOKSの建物は、かつて立ち飲み屋兼民家で、吉田茂元首相の番記者が通ったという。

 靴を脱いで2階に上がると、畳の上に古めかしい活版印刷機があり、インキの匂いが漂う。佐藤さんの本業はデザイン。さまざまなフォント(書体)を求めるうちに活版印刷の魅力にひかれ、機械を譲り受けた。名刺やメッセージカードなどを手がけている。

 さらに「大磯出版」と称して自主出版物ZINE(ジン)の制作を手伝い、店でも取り扱う。「新刊本はネット通販でも買えるけれど、ここでしか買えないZINEは売れ筋商品」という。

 隣にはやはり古民家を改造したカフェがあり、その2階はイベントスペース。離れはギャラリーになっており、取材に訪れた日は地元作家がガラス製品を展示していた。

 「まさか本屋をやるとは思わなかった」と話す佐藤さんは、かつて東京のデザイン事務所などで夜遅くまで仕事に追われる生活だった。東日本大震災をきっかけに育った大磯町に戻り、地元での暮らしを模索する中で、仲間と共に書店を営むことになったという。

 「本屋は一人でやるものだと思っていたけれど、本は人と人がつながるツールなんだと気づいた。書店が成り立つには本を売るだけでは難しい。町の中でどういう存在なのか、模索しながら続けたい」。22年からは町内の店舗などでさまざまな本を展示・販売するイベント「大磯ブックマルシェ」も手がける。

 都会での慌ただしい生活から、「生活規模をダウンサイズして、自分のペースで好きな仕事に取り組める暮らし」へ。コロナ禍をへて、自分も周りの人々も価値観が変化してきたと感じている。そしていたずらっぽく笑った。「観光地化しすぎず、静かなのが大磯のいいところ。だから、あんまり宣伝しすぎないでくださいね」【上東麻子】

 ◇佐藤一樹さんお薦めの3冊

▽クラフト・エヴィング商會「どこかにいってしまったものたち」筑摩書房

▽森川天喜「かながわ鉄道廃線紀行」(神奈川新聞社)

▽石田美菜子「海を庭にしてしまった家」(日経ナショナルジオグラフィック)

 ◇つきやまBOOKS

 神奈川県大磯町大磯1156。大磯駅から徒歩2分。年中無休。午前11時~午後5時。臨時休業やイベント情報などはX(ツイッター)やホームページなどで発信。

   ◇

 2025年の「大磯ブックマルシェ」は5月17、18日に町内38会場で開催。詳しくはホームページhttps://oiso-book-marche.jimdosite.com/

毎日新聞

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