これまでにない指し回し 「後手番が課題」の藤井名人が見せた進化

2025/05/31 15:07 

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 茨城県古河市のホテル山水で5月29日から指された第83期名人戦七番勝負第5局(毎日新聞社、朝日新聞社主催、大和証券グループ協賛、古河市など地元主催)は千日手指し直しの末、30日午後11時16分、藤井聡太名人(22)が挑戦者の永瀬拓矢九段(32)を171手で降し、4勝1敗で3連覇を達成した。タイトル獲得数は計29期となり、このうち名人戦や王将戦など2日制タイトルは敗退なしの16期。残り時間は永瀬九段1分、藤井名人1分。

 王将戦七番勝負に続き、永瀬九段の挑戦を退けた藤井名人。とりわけ開幕戦と第3局は、不利とされる後手番ながらこれまでにない指し回しで挑戦者の永瀬九段を翻弄(ほんろう)。そこには深い研究の裏付けがあった。口に出して「後手番が課題」としていた藤井将棋が、また一段と進化した。

 「角換わり腰掛け銀」の最新定跡がぶつかった開幕局。藤井名人は、3月の棋王戦第3局で対戦した増田康宏八段(27)が後手番で指した作戦を採用した。「(自玉の退路を塞ぐ)壁銀にはなるが、玉が深い(攻められにくい)形なので、それを生かせるかも」。増田戦は勝負がつかない千日手に終わり、藤井名人は後手番の作戦として優秀性を見いだしていた。

 69手目から前例のない戦いになり、134手で勝利した藤井名人。終局後、78手目に指した「8八歩」まで事前の研究だったことを明かし、永瀬九段は「序盤で準備が薄い形になってしまった」と、研究負けを認めた。

 藤井名人は2023年、当時の渡辺明名人(41)に挑戦した第81期名人戦の時の取材に「将棋は基本的には先手が有利もしくは引き分けと考えているが、後手番でどう戦うかという課題は以前より大きくなっている」と答えていた。ちなみに、藤井名人の公式戦の成績は、先手番が211勝27敗で勝率は驚異の8割8分7厘。後手番でも197勝57敗で7割7分6厘の高い勝率を誇っているが、先手番より1割ほど落ちる。

 後手番の2手目では、飛車先の歩を突く「8四歩」を定跡にしていた藤井名人が、角道を開ける「3四歩」と指した第3局。3月のALSOK杯第74期王将戦第5局で初めて指し、公式戦では2例目だった。「後手番では自然に指すことが難しくなっているところがあるので工夫した」と藤井名人。永瀬九段は「意外性はなかったが、こちらは準備万端(整った状態)ではなかったので、出すタイミングがうまいなと感じた」と振り返った。

 昨年の竜王戦七番勝負で藤井名人(竜王)に2勝4敗と善戦した佐々木勇気八段(30)は藤井将棋の進化について「増田八段の後手番の対策を取り入れたり、2手目に3四歩と指したり、対戦相手の長所を吸収していくような指し方が増えた。今まで以上に対策しづらくなっている」と話す。

 第4局解説の深浦康市九段(53)も「藤井名人は、基本的には先手番の作戦を真正面から受けていたが、今期名人戦の後手番では工夫が見られた。今シリーズは他棋戦でも活躍して最も充実している永瀬九段が、名人戦用に用意した従来とは違う作戦で挑んだが、結果的に実らなかった」と、名人の自在の指し回しに感心しきりだった。

 王将戦、名人戦と2日制タイトル戦で藤井名人と盤を挟んできた永瀬九段。「以前よりは藤井名人の影が見えてきた気がする。その背中がはっきり見えるのはタイトル奪取に王手をかけた時。それまでは影を追い続けます」と実力接近を感じている。7月から始まる王位戦七番勝負でも藤井名人に挑む。背中に手が届くことを信じ、永瀬九段の挑戦は続く。【新土居仁昌、丸山進】

毎日新聞

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