<特派員の目>バンコクのバイクタクシー、女性運転手から見える景色=国本愛
バンコクに赴任して驚いたのが、街中を縦横無尽に走る「バイクタクシー」だ。日本では違法だが、鉄道網の不足や激しい渋滞に悩むタイなど東南アジアの都市部では、老若男女にとって欠かせない足となっている。路地では至る所でバイクが客待ちし、配車アプリを使えば、数分で現在地に迎えが来る。
公共交通の不便な場所に住む私も、よく使っている。私が乗ったバイクの運転手は9割超が男性だ。当初は見知らぬ男性の背中に密着する距離感に戸惑ったが、すぐその便利さにかき消されてしまった。
一方で、日本人女性の知人からは「怖くないか」と聞かれることもある。2026年4月には、タイの女子学生が走行中のバイクから飛び降りてけがをする事件も起きた。目的地を過ぎても走り続け、不安になったという。そんな中、ごくたまに乗り合わせる女性運転手の存在が気になった。彼女たちは、危険な目に遭っていないのだろうか。
取材に応じた女性運転手(29)は、淡々と打ち明けた。「客からのセクハラは、日常茶飯事です」
子育てと両立するため、約9カ月前に始めた仕事だが、バックミラー越しに凝視されたり、腕や太ももを触られたりすることがあるという。言動でも、性的なからかいや、「炎天下で働かなくていいようにしてやる」と買春を持ちかけられたこともある。
「怒ると仕事にならないので、我慢して無視します」。以前、注意した際は、逆に乗客から「運転が乱暴だ」と虚偽の苦情を配車会社に入れられ、ペナルティーを科された。会社に被害を訴えても音沙汰はなく、最近は、客を乗せないフードデリバリーの仕事を優先するようにもなったという。
同僚の中には胸を触られたり、ナイフで脅されて人けのない場所へ連れて行かれそうになったりした女性もいるそうだ。調べると、22年にタイで開かれた女性運転手の会議で、参加者のほぼ全員が、性被害の経験があったと報告されていた。配車大手「Grab(グラブ)」にも安全対策を尋ねてみたが、自社の配車依頼アプリにはSOSボタンなどがあり、乗客と運転手の双方が使えるという説明にとどまった。私自身、これまで便利さにしか目が向いていなかった。何気なく見ていた背中の向こう側で、彼女らが抱える緊張や恐怖には、鈍感だった。【バンコク国本愛】
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