医療的ケア児の母らがドラァグクイーンに 企画者他界、遺志継ぐ

2026/06/26 16:59 

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 人工呼吸器の使用など医療的なケアが必要な子どもの母親らが「ドラァグクイーン」に変身――。

 こんなライブパフォーマンスを披露するイベントが、東京都千代田区丸の内のアートセンター「BUG(バグ)」で開かれている。

 ダンスカンパニーのメンバーで、同性愛者(ゲイ)であることを公表していた門戸(もんこ)大輔さんが、「医療的ケア児の養育者が自己表現する場を」と発案、企画した。

 だが、がんを患っていた門戸さんは4月19日に54歳で旅立ち、賛同した仲間やアート関係者らが遺志を継いで開催にこぎつけた。

 ◇華やかな世界にケアの要素を

 濃いピンクの衣装を身にまとった女性が、鏡の前に座り、化粧を始めた。

 舞台用のアイシャドーと太いつけまつげ。ブロンドのかつらとピンクのスパンコールを施したナースキャップ。

 これらを用いて変身していく過程がすでにパフォーマンスだ。最後は壁際に置いた人工呼吸器の横でポーズをとった。

 20日のライブで、「ピンクノナースフクスキー」という名のドラァグクイーンにふんした竹之内祐子さんは38歳の時、先天性の重い障害がある長男の綾介さん(18)を産んだ。

 「綾介が幼いころに入院していた病院の看護師さんがピンクのウエアを着ていた」と振り返り、「私も一念発起して准看護師の資格を取得した」。会場に持ち込んだ人工呼吸器は綾介さんが使用しているものだ。

 「私が笑顔でいると、息子も自然に笑顔になる。ドラァグの華やかな世界にケアの要素を取り入れてみた」と竹之内さんは話す。

 ◇養育者の苦悩や葛藤くみ取り

 イベントのタイトルは「ドゥーリアのボールルーム」。ドゥーリアは、古代ギリシャ語で「奉仕」などの概念が含まれ、現代ではケアの担い手などを意味する。ボールルームは英語で舞踏室の意だ。

 門戸さんは、京都の高校に通っていた時に自分がゲイであることを家族に打ち明けた。

 関西の大学に進学したが、専攻した学問とは違う道を模索して中退。上京してシステムエンジニアなどの仕事をしながら、性的少数者(マイノリティー)の権利擁護を求める社会運動にも関わった。

 派手なメークと衣装でパフォーマンスをするドラァグクイーンを「多様な生き方や性の在り方を発信するメッセンジャーでもある」と捉えていた。

 一方、医療的ケア児は、人工呼吸器による呼吸の管理や胃ろう、たんの吸引といった医療行為が不可欠な子どもたちのことだ。

 養育者は子どもの状態や気持ちを代弁すると同時に福祉、教育制度の不備や不足があれば意見を言える存在だが、苦悩や葛藤もあるため「自分を表現することが(養育者の)ケアになる」と考えた。

 ◇自らの病と向き合い続け

 門戸さんは、若いころから自身の病と向き合っていた。

 20代半ばで後腹膜悪性腫瘍と診断され、手術は成功したが、健康の不安と隣り合わせの「ままならない体」となった。

 40歳を過ぎて京都に戻ってからは、身体表現などアート活動に力を入れた。

 5年ほど前にがんの再発が判明したが、以後も、目が見えない人、耳が聞こえない人、車いすの利用者など、それぞれ異なる身体性、感覚を持つ人たちが集うダンスカンパニー「Mi-Mi-Bi(ミミビ)」(2022年結成)のメンバーとして、「も/(MO)」の名で活動を続けた。

 自分の病とそこから始まる医療、ケアなど、複合的な視点で見つめる中で、多数派(マジョリティー)の規範を揺さぶるドラァグクイーンと、子どもの生を支える医療的ケア児の養育者の領域が重なる場をつくろうとの思いが、「ドゥーリアのボールルーム」に結びついた。

 「BUG」の主催で昨秋、開催することが決まり、友人や仲間らにも声をかけて準備を進めた。

 4月初めにドラァグクイーンのパフォーマーが、医療的ケア児の息子(故人)を育てた経験をもとに、写真集「透明人間」を刊行した写真家、美術家の山本美里さん(46)と友人の竹之内さんら3人の女性に決定。けれども、門戸さんの容体は悪化していた。

 日本のドラァグクイーンの一人で、今回のイベントでメークなどを監修した脚本家のエスムラルダ(本名・村本篤信)さんは「門戸さんは、私たちが共に生きるための居場所、新たな連帯の可能性を追求しようとした」と語る。

 「ドゥーリアのボールルーム」は28日まで。なお、27、28日は山本さんのパフォーマンスがある。詳細はBUGのホームページで。【明珍美紀】

毎日新聞

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