「先生は英雄」元患者の女性が奏でた鎮魂のピアノ 大阪医院放火4年
いつも誠実だった彼の顔を思い浮かべ、鍵盤を操った。心の不調と向き合い、社会復帰へ導こうとしてくれた「英雄」。患者だったピアニストの女性は、4年前の事件で亡くなったクリニック院長への思いを込め、ある曲をささげた。
大阪市内で14日にあったコンサート。4年前に起きた大阪・北新地の心療内科クリニック放火殺人事件で、犠牲者らを悼むために開かれた。小池美貴子さん(50)=大阪市西成区=は、この舞台に立った。
自身と向き合ってくれた院長の西沢弘太郎さん(当時49歳)のためだった。
事件は2021年の12月17日に発生。西沢さんや患者ら計26人が犠牲になり、容疑者も事件から13日後に死亡した。
小池さんは19年の年末から3カ月ほどクリニックに通い、西沢さんの診察を受けたことがある。ダンサーとしても活躍し、忙しさから心身を崩して前向きな考えを持てなくなっていた時だった。対人関係が苦手な自閉スペクトラム症などの診断を受けた。
成人になる前から他の人とは違うと感じ、原因をずっと探していた。別の病院では相手にされず、傷ついたことも。周囲に特性を理解されず、冷遇を受けることがある「大人の発達障害」として受け止めてくれたのが、西沢さんだった。
西沢さんは口数こそ少ないが、その時々の小池さんの感情や状態を注意深く見極めながら寄り添ってくれた。待合室で突然泣き崩れてしまった時には、別室に案内して落ち着くのを待ってくれたこともある。
細やかな配慮をしてくれ、安心できる存在だった。適切な診療のおかげで、気持ちは徐々に前向きになった。当時の心境を「もう一度、生きる切符を手にしたように感じた」と振り返る。
しばらくは事件があったという事実を直視できなかった。無力さや恐怖心……さまざまな感情が押し寄せ、事件を知ろうとすることもできなかった。
一方で「先生がくれたチャンスをどう生きるか。自立しようと必死に生きてきた」。そんな時、院長の妹の伸子さん(48)とあるイベントで偶然出会った。
伸子さんは事件で亡くなった人々や遺族のために、23年から毎年追悼コンサートを開いてきた。伸子さんからその舞台でピアノを弾いてほしいと頼まれ、「西沢先生が導いてくれた」と感じた。
何を演奏するか悩み、自身を何度も奮い立たせてくれた曲を思い出した。
発達障害であることを知らず、ただ生きづらさに苦しんでいた中学生の時、がむしゃらに弾いていた「英雄ポロネーズ」だった。
ショパンがポーランドへの愛国心を込めて作ったとされる勇壮な曲。後半にかけてメロディーが盛り上がり、英雄がもう一度立ち上がるように感じられるところが、小池さんのお気に入りだ。
自身を再起に導いてくれた西沢さんに、この曲を届けることにした。
コンサート当日、流麗なメロディーに西沢さんへの思いを乗せた。西沢さんとの出会いを思い出し、涙が浮かんだが、最後まで弾ききった。
「人に希望を与えてくれた西沢先生のような人を『英雄』と言うのだと思う」。小池さんはそう語り、言葉を継いだ。「私もそんな人になれたら」【林みづき】
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