2度の地震さえなければ今も 輪島の元すし職人、祈る新年の平穏
年の瀬の石川県輪島市の仮設住宅で、元すし職人、宮腰昇一さん(76)が数日前に再入居し、正月飾りを掛けた玄関から雨が降る外を眺めていた。
7年前まで輪島市の朝市通り近くで、すし店「すし畔(はん)」を営んでいた宮腰さんは、2024年1月1日夕方、店舗兼自宅の2階で正月のお神酒の準備を始めようとした矢先、強い揺れに襲われた。タンスなどが倒れ、押し入れに閉じ込められた。途方に暮れている最中、屋外の防災無線から大津波警報発令の音声が聞こえた。「生まれ育った家と共に死んでもいいわ」と思わず死を覚悟した。その後、何とか脱出して難を逃れた。
避難所に身を寄せた後、富山県高岡市のマンションへ2次避難し、7月に仮設住宅に戻ってきた。再び生まれ育った輪島で生活を始めたのもつかの間、9月21日の豪雨で仮設住宅が浸水。1メートルほど浸水してきた中、訪ねてきた警官に助け出された。そこからまた避難所へ移り、改修工事が終わった自室に12月28日、ようやく再入居した。
宮腰さんは、輪島市などで震度6強を観測した07年3月の地震で妻喜代美さん(当時52歳)を亡くした。朝から大口注文の依頼をこなしすしを作り続ける宮腰さんを支えつつ、おひつなどの洗い物を担当していた喜代美さん。外に乾かしに行った直後に地震が起き、倒れてきた灯籠(とうろう)が当たり帰らぬ人となった。この地震で唯一の犠牲者だった。
自宅兼店舗だった建物は取り壊され、更地が広がる。「もう歳も歳だし、子どももおらんし、今更新築を建てるお金もないし」と寂しそうに語る宮腰さん。2度の地震がなければ続いたであろう営みは、もうこの場所で続くことはない。
大地震から1年。水害の被害を免れた品々が積まれた室内で、荷物の後片付けに追われる年末。一時悩みつつも買って飾ったという正月飾りが掛けられた仮設住宅の中で「新しい1年が平穏であるようにただただ祈りたい」とつぶやいた。被災地で静かな年越しの時間が流れていた。【吉田航太】
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