是枝裕和監督「よく続けてこられた」 ベネチアで振り返る30年、若手育成は「死活問題」

2026/10/07 13:30 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

是枝裕和監督 (C)ORICON NewS inc.

 9月2日からイタリアで開催された「第83回ベネチア国際映画祭」。会場内を移動する是枝裕和監督には、映画祭関係者やジャーナリスト、観客から何度も声がかかった。写真やサインを求める一人ひとりに丁寧に応じる。その姿から、世界の映画ファンに広く知られる存在であることを改めて実感した。

【画像】公開中の映画『ルックバック』メイキング写真や場面写真

 しかし、是枝監督が初めてベネチアを訪れた約30年前は、自ら声をかける側だった。

 「最初に来た年にはアッバス・キアロスタミがいたので、僕から声をかけて、ドキドキしながら一緒に写真を撮ってもらいました」

 1995年、長編監督デビュー作『幻の光』が「第52回ベネチア国際映画祭」のコンペティション部門に選出され、金のオゼッラ賞を受賞。それから約30年にわたり作品を発表し続け、カンヌやベネチアへ何度も戻ってきた。

 今回は、藤本タツキの漫画を実写化した『ルックバック』で7年ぶり4度目となるコンペティション部門に参加。映画祭本体の賞には届かなかったが、映画祭とは別の団体や専門家が独自の視点で選ぶコラテラル賞(独立賞)で、計5つの賞・表彰を受けた。

 日本から長編映画で参加したのは、是枝監督をはじめ、長いキャリアを持つ監督たちだった。一方、没入型(イマーシブ)作品を扱う「Venice Immersive」コンペティション部門には、19歳のナカダリオ監督が手がけた『Nox』が選出された。

 30年前の是枝監督のように、若い作り手が国際的な舞台へ踏み出し、その経験を次の作品へつなげていくためには、どのような支援が必要なのか。インタビューで是枝監督は、日本映画界における若手育成を「死活問題」と表現した。

■「よく続けてこられた」監督生活

 30年にわたって海外の映画祭に招かれ続けてきたことについて、是枝監督は「継続して観てくれている人がたくさんいるというのは、本当にありがたいこと」と語った。

 ただ、映画監督として作品を作り続けることは、決して容易ではない。

 「映画作りはやっぱりお金がかかるし、基本的には人のお金で作るものですから。続けるのは大変ですよ。よく続けてこられたなと思います。本当にラッキーでした」

 『幻の光』は約1億円をかけて製作したものの、撮影時点で集まっていた資金は約5000万円だった。作品が完成すれば配給会社が決まり、劇場公開できると考えていたが、見せてもなかなか手を挙げてもらえなかった。

 「どうなってしまうんだろう、これで自分のキャリアは終わるのかなと思っていました」

 その後、当時シネカノンを率いていた李鳳宇氏に作品を見せる機会を得た。李氏が東京・渋谷で開業を予定していた映画館、シネ・アミューズのこけらおとしの上映作品が一本決まっていなかったことから、公開へ向けて話が進んだという。

 「シネ・アミューズの開業のタイミングが少しずれていたら、『幻の光』の劇場公開は実現していなかったかもしれない。そういう偶然ばかりですよ」

 一本の映画が完成しても、観客に届かなければ次にはつながらない。是枝監督のキャリアも、作品を作る力だけでなく、資金や配給、上映の機会、その時々の出会いによって支えられてきた。

■すべての作品がコンペに入る必要はない

 国際映画祭で評価されることは、監督個人の名誉だけでなく、作品を世界へ届け、次の製作につなげるうえでも大きな意味を持つ。ただ、是枝監督は「全部の作品がコンペティション部門に入る必要はないと思っています」と語る。

 コンペ入りを作品選びの基準にすれば、本当に撮りたい企画を諦めることにもなりかねない。一方で、主要映画祭のコンペティション部門に選ばれれば、作品が海外へ広がる速度は大きく変わる。企画段階で海外への販売が進んでいる作品では、出資者や買い手がコンペ入りを期待するのも自然なことだ。

 是枝監督も「カンヌでワールドプレミアをすれば、作品が広がるスピードはまるで違います」と、その効果を認める。作品の規模や性格に合った発表の場を選ぶことと、より多くの観客へ届け、次の製作につなげること。監督は作品を撮るだけでなく、その両方を考えながら判断する立場にある。

■「続けろ」と背中を押した『ルックバック』

 自分が本当に撮りたい作品を選ぶことと、国際映画祭を通じて世界へ届けること。その二つが幸運な形で重なったのが『ルックバック』だった。

 是枝監督が原作と出会ったのは、新型コロナウイルスの影響で映画製作が止まっていた時期。

 「コロナで、それまで動かしていた企画が全部止まってしまった。そういう状況で読んだ漫画だったから、やっぱり響きました。『やらなくちゃいけない』『続けろ』と、この漫画に言われたんだと思って」

 映画では、ペンで線を引く音や、スクリーントーンを切ったり削ったりする音など、紙に漫画を描く過程も丁寧に捉えた。

 「デジタルで描く人が増えているので、失われていく音なのかもしれないですね」

 漫画制作の経験がなくても、物語の中に自分自身を重ねることはできる。是枝監督は、ベネチアの観客にも作品が届いた理由をこう捉える。

 「漫画の作り方を知らなくても、似たような経験は誰にでもあるからね。『自分の場合は音楽だった』とか、何かに置き換えて観てくれた人もたくさんいるんじゃないかと思います」

■作品と働く人に責任を負う「工場長」

 是枝監督にとって、映画とは何か。そう尋ねると、「唯一続いている趣味であり、職業です」と答えた。映画を個人的な表現としてだけでなく、多くの人が働く仕事の現場として捉えているようだ。

 「映画製作の現場が僕の職場で、監督はその現場責任者です。作品の品質は僕が保証する。そこで働く人たちの労働環境や、その家族の生活も背負っている。労働条件を改善するために交渉するときは、スタッフと同じ側に立って、資金を出す側と話をする。だから、社長というより工場長ですね」

 作品の完成だけでなく、それを生み出す人たちがどのような環境で働くのかにも目を向ける。その意識は、自身の撮影現場にとどまらず、次の世代が映画を作り続けられる仕組みを整えようとする活動にもつながっている。

■若手育成に「お金をかけない」日本

 近年の是枝監督は、自身の作品を撮るだけでなく、東京国際映画祭の企画への参画や、政府の会議などでの提言にも積極的に取り組んできた。さらに、日本の次世代のフィルムメーカーを育成・輩出するメンターシッププログラム「CHANEL AND CINEMA - TOKYO LIGHTS」をシャネルと共同で立ち上げるなど、撮影現場の外でも活動を続けている。

 「いずれも先方から声をかけてもらって実現したものですが、自分が続けていくためでもあるし、次の世代が少しでもいい環境で映画を作るために何が必要かを視野に入れながら、この数年は動いています。その中で、少しずつでも改善できることがあるならばと思っています」

 中でも強い危機感を抱いているのが、若手の人材育成に対する支援の不足だ。

 「日本の映画業界は、若手の人材育成にお金をかけない」

 是枝監督が必要だと考えているのは、新人監督の企画を見いだし、企画開発、製作、配給・宣伝までを段階的に支える仕組みだ。そうした支援があってこそ、若い作家が育ち、完成した作品を観客へ届け、次の作品へ進むことができる。

 その実現には、映画業界の内側へ働きかけるだけでなく、外部の企業や団体と連携する必要もある。

 「業界にどう働きかけるか。それと同時に、業界の外と組む。シャネルのように、映画に積極的にお金を出して支援しているところと一緒に取り組んでいく」。

 次の世代をどう育てるかは「死活問題」だと、強い危機感を示した。

■「生涯現役」、撮りたい企画は5つ

 こうした活動に携わる一方で、是枝監督自身にも、まだ撮りたい作品が数多く残されている。これからどのような監督でありたいかと尋ねると、返ってきたのは「生涯現役」という言葉だった。

 「まだ撮りたくて撮れていない企画がたくさんあるので、まずは一つずつ実現していくという感じです。今やりたいと思っているものだけでも、脚本になっているもの、なっていないものを含めて5つぐらいある。それを全部やっていたら軽く70歳を超えるので、そこまで元気で頑張るぞ、という感じです」

 30年前、是枝監督はベネチアで憧れの監督に声をかけ、写真を撮ってもらった。それから30年後、自身が若い映画ファンから声をかけられる立場になった。その姿を見ながら、是枝監督が歩んできた時間だけでなく、日本で映画を作り続けるために何が必要なのかを考えた。一本の映画を完成させて終わるのではなく、それを観客へ届け、さらに次の作品へつなげていく。映画制作を持続的に支える仕組みは、作り手のためだけでなく、私たち観客がこれからどのような新しい映画や才能に出会えるのかにもつながっている。

 実写映画『ルックバック』は公開中。
ORICON NEWS

エンタメ

注目の情報