斎藤工、“アンバサダー”システムに少しの「違和感」 映画『サンキュー、チャック』を選んだ理…

2026/04/25 09:56 

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映画『サンキュー、チャック』宣伝アンバサダーの斎藤工 (C)2024 DANCE ANYWAY, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 俳優の斎藤工が、5月1日公開の映画『サンキュー、チャック』の宣伝アンバサダーに就任。自ら志願したという経緯を語った動画が公開された。

【動画】少しの“違和感”…熱い思いを語る斎藤工

 同作は、スティーヴン・キング原作で、『ドクター・スリープ』のマイク・フラナガンが監督・脚本を手がけたヒューマン・ミステリー。異常気象などで崩壊寸前の世界を舞台に、「ありがとう、チャック!」と記された大量の謎の広告をきっかけに、ひとりの男の人生をさかのぼる物語が展開される。「マイティ・ソー」や「アベンジャーズ」シリーズで活躍するトム・ヒドルストンが主演を務めた。「第49回トロント国際映画祭」では最高賞にあたる観客賞を受賞した話題作だ。

 斎藤は「今年1本観るとしたらこれでいい。これがいい!」と明言。今回宣伝アンバサダーを引き受けるにあたり「映画ファンとしても少し“アンバサダー”というシステムに違和感を感じることがあり、本当に心が動いて、その映画に何かを感じた方が務めるべきだ」と考えていることを明かし、自身の公開作も控える中で引き受けるべきかを悩んだという。ただ、「時折、色んな状況や環境、考えを凌駕する作品に出会えるのが映画」だと考える斎藤にとって、「その大いなる一つであった」とし、観終わった後に「これは絶対に何か意味がある、縁があると確信し、むしろこちらから(宣伝アンバサダーを)志願させていただいた」と異例の経緯で就任したことを語っている。

 さらに、「“自分の人生も、人一人の人生も一つの宇宙だ”ということを教えてもらった。自分の中で感覚的に“こうなんじゃないか”と思っていたことが、答え合わせのように、この映画によって正解に導かれた気がした」とし、本作の鑑賞が「こんなに心の深い部分に触れられたのは初めて」とかつてない映画体験だったと語る。

 クリエイターの視点を持つ斎藤は、原作者であるS・キングについて「年齢を重ねられて、自身の有限な未来を本作にかなり解像度高く落とし込んでいる気がした」と語り、「自分の人生という物語を、この年齢になって作品にしようと思われたのではないかと勝手に推測している」と続ける。

 また、本作の“推し”シーンは主演のトム・ヒドルストンのダンスシーンだと語り、「表情だったり、ダンス、身体表現というもののトム・ヒドルストンさんの更なるフェーズを見せてもらった」と絶賛。「“生”の喜びというものが詰まったシーンだった」とし、「あのダンスパートを描かれているフラナガン監督の原作への愛とリスペクトを深く感じた」とマイク・フラナガン監督に対しても感服したことを明かした。

 3章から始まり時間を遡るという本作ならではの構成については「結末から見せていくということでもない。でも、この謎解き感、答え合わせ感は、3章から始まる以外にないなと3回観て思った。考え抜かれた構成」とし、「一度引き込まれて登場人物になりきった最大の瞬間に“ぶった切られる”。しかし、その一見ブツ切りに見える断片が、最終的には1章に繋がっていく。この分断がなければないカタルシスであり、その見事さ、建て付けの妙に、エンドロールで拍手したくなった」と最上級の賛辞を贈り、本作ならではの緻密な構成と圧倒的な没入体験を振り返った。

 また、邦題『サンキュー、チャック』については「これも伏線」と言い、「どういう映画なんだろうとなんとなく想像できないと映画館に人が行かない時代になってきてしまっているが、この映画は全ジャンルに該当する凄まじい映画で、クエスチョンが沢山生まれると思う」と語り、「その答え合わせが劇場でしかできない」とし、「このタイトルはそのクエスチョンを打ち出しているのではないかな」と分析した。

■インタビュー全文
――なぜアンバサダーを引き受けたのか?
僕は天邪鬼な人間なので、映画ファンとしても少し「アンバサダー」というシステムに違和感を感じることがあるんですね。それは、本当に心が動いて、その映画に何かを感じた方が務めるべきだなと思っていて、最初にお話を伺った時点では、自分も映画人として関わる作品の公開日が遠くなかったりするので、お断りする方が『サンキュー、チャック』にとっても良いんじゃないかと思っていたんです。でも、時折、色んな状況や環境、考えを凌駕する作品に出会えるのが映画だと思っていて、その大いなる一つであったということで、観終わった後に「これは絶対に何か意味がある、縁がある」と確信し、むしろこちらから志願させていただいたという流れです。

――映画をご覧になった感想
宇宙について、小さい頃から壮大すぎて怖いものとして自分の中で捉えている部分もあったのですが、この映画を観終わった後に「自分自身の人生も、一人一人の人生も一つの宇宙だ」ということを教えてもらいました。映画を観てご教授いただいたというよりは、自分の中で感覚的に「こうなんじゃないか」と思っていたことが、答え合わせのようにこの映画によって正解に導かれた気がします。映画体験で、こんなに深いところまで感覚的にタッチされたというか、心の深い部分に触れられたのは初めてでした。

――原作者のスティーヴン・キングについて
今回の『サンキュー、チャック』は、スティーヴン・キング自身が年齢を重ねて、ご自身の有限な未来というところを高い解像度で落とし込んでいる気がしました。そして、何より、深くて広いものは人一人の中にあるということではないかと思います。1章で担任の先生が言う「この手の間にあるものは・・・」ということの答えみたいなものが、スティーヴン・キングが作家としてもこの映画に全て自分の経験と今現在思うことを落とし込んでくれたのではないか思います、電光掲示板に出てくる一見会計士のチャックが白いノートに何か書こうとしている男に見えて、生みの苦しみも喜びもそこに表現されているようで、これはスティーヴン・キング自身なんじゃないかなと。自分の人生という物語をこの年齢で作品にしようと思われたんじゃないかと勝手に推測しています。

――トム・ヒドルストンのダンスシーンについて
素晴らしかったです。彼が世界でトップの表現者だとは分かっていましたけど、セリフじゃない表現なんですよね。序盤は特に。全体を通して表情だったり、ダンス、身体表現というもののトム・ヒドルストンさんのさらなるフェーズを見せてもらいました。彼の佇まいや動きだけで、彼が出ていないシーンでも彼の息吹みたいなもの、心拍数みたいなもの、75のリズムがずっとある。あのダンスシーンが心臓の鼓動のバイオリズムというか、この物語全体の心臓、一人の男性の鼓動なんだという、生きている時の「生の喜び」が詰まったシーンでした。また、よく見るとダンスの誘い方なども、かつて自分が受けた誘われ方と同じだったりと、細かな演出、そして原作では想像でしか補えない部分を、おそらくスティーヴン・キングの理想形なんじゃないかという形で描かれている、マイク・フラナガン監督の原作への愛とリスペクトを深く感じました。

――作品全体の構成について
結末から見せていくということでもないんですよね。でも、この謎解き感、答え合わせ感には、3章から始まる以外にないなと3回観て思いました。考え抜かれた構成だなと思いましたし、全部の章の頭で一回引き離されるんですよね。夢中にのめり込んでいた世界が急に分断されて、章が戻っていくという不思議な感覚になるんですけど、そこにこそ意味がある。登場人物になりきった最大の瞬間にそこでいきなりぶった切られる。でもそのブツ切りに見えるものが1章に繋がってくるという、この分断がなかったらないカタルシスになっていて、その見事さ、建て付けの妙にエンドロールで拍手したくなりました。

――邦題『サンキュー、チャック』について
これも伏線だとわかってほしいです。タイトルの伏線回収も早々にできるけど、ダジャレで言っているというのをむしろ強く出して行ってほしいですね。どうしてもこの映画はスティーヴン・キングが原作、マイク・フラナガンが監督でどう言う映画なんだろうとなんとなく想像しないと映画館に人が行かない時代になってきている気がするんです。でもこれはある意味全ジャンルに該当する凄まじい映画だと思いました。だからこそポスタービジュアルや僕がアンバサダーをしていることなど「何だろう?」というクエスチョンがたくさん生まれると思うけど、その答え合わせが劇場でしかできないということが、ある意味強さではあると思う。このタイトルはそのクエスチョンを意図的に打ち出しているのではないか、考え抜かれたタイトルなんじゃないかなと2周観た後では思いました。


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