阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里らが舞台で躍動 野田秀樹作・演出『華氏マイナス320°』
NODA・MAP 第28回公演『華氏マイナス320°』(撮影:岡本隆史)

【画像】『華氏マイナス320°』そのほかの舞台写真
本作のタイトルは、レイ・ブラッドベリのディストピア小説『華氏451度』を想起させるが、野田はこれを「正しくない科学に基づいた、正しくないSF(サイエンス・フェイクション)」と定義する。
ちなみに、「華氏マイナス320°」を摂氏に直すと約-196℃。これは液体窒素が沸騰し、気化する温度である。現代において液体窒素は、一瞬で凍らせる万能冷却ツール。美容医療から精子・卵子の凍結保存に至るまで、“時間を止める”ようなことにも利用されている。劇中で描かれるテーマが、この絶妙な温度設定を通じて、私たちの生きる現代社会の歪みと地続きであることを予感させる。
物語の始まりは化石の発掘現場。現場を仕切るのはノーベル賞に一番近いと言われるバイオテクノロジーの気鋭・窮理(きゅうり)教授(深津)。科学のおかげで命を長らえることができたタスケテ(阿部)は、その恩返しをしたいと研究所の助手を務めている。
発掘チームが血眼になって探しているのは、人類の夢をかなえる研究に必要な「謎の骨」。その研究を巨大ビジネスにしようとする製薬会社のオーナー(高田聖子)と、会社の実権を狙う弟(橋本さとし)の姉弟の骨肉の争いが絡んでくる。さらに、人間の欲望と取引するメフィスト(広瀬)も現れて…。「謎の骨」の正体をめぐり、物語は現代、中世、古代へと時空を自在に往還していく。
阿部は、2021年の『THE BEE』以来5年ぶりの参加。阿部といえば、早口でまくし立てるようなスピード感あふれるせりふ回しが印象的だが、それが野田特有の多層的な言葉と見事に共鳴。ほぼ出ずっぱりで、物語を力強くけん引する姿は圧巻だ。
2019年の『Q』:A Night At The Kabukiで舞台デビューを飾った広瀬は、今回で3度目の野田作品。舞台映えするのか、その真っ直ぐな存在感ゆえか、ドラマや映画の印象よりも舞台上ではひと際大きく見えたのが印象的だった。
対する深津絵里は、新作への出演は14年ぶり、再演を含めても4年ぶりの野田作品となるが、ブランクを感じさせない圧倒的な安定感はさすがの一言
“NODA・MAPで深津絵里が見たい”という観客の期待に完璧に応え、物語の品格を支えている。
演出面では、16人のアンサンブルキャストが、セットに頼らず身体で世界を作る“野田マジック”が冴え渡る。音の響きが全く別の意味へと接続され、局面をガラリと変えてしまう野田特有の“言葉遊び”も健在だ。早口でコミカルにしゃべっていた阿部が、ふとした瞬間にゾッとするような冷たさや狂気を混ぜ込んでいく。
さらに、いままでにない表現で、野田の多層的な世界観にさらなる広がりと、根源的な問いを突きつけてくる。そこに何を託したのか。その衝撃の正体は、ぜひ劇場で、その目で確かめてほしい。
東京公演は5月31日まで。6月6日~14日に北九州公演(J:COM北九州芸術劇場大ホール)、7月22日~8月2日に大阪公演(新歌舞伎座)。全公演で当日券の販売がある。英ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場での上演も予定されている。
■初日開幕コメント
▼阿部サダヲ
初日から、すごいカーテンコールで感激しました。昨日のゲネプロと違って、お客さんの笑い声もたくさん感じられて、やっぱり本番はいいなと思いました。野田さんがうろたえるのを目の前で見たり、貴重な経験ができた面白い初日でもありましたね(笑)。嬉しいのは、今回新しく覚えたことが、だんだんわかるようになってきたことです。心配なこともまだまだありますが、今回、対になって出ることが多いアンサンブルのMISAKIちゃんと、息をぴったり合わせていけたらなと思います。長い公演、お客様にお楽しみいただけるように頑張ります!
▼広瀬すず
舞台に立つのは『Q』:A Night At The Kabukiの再演(2022年)以来だったので、初日の感じがどうだったか思い出せなくて、開演前は未知の世界に乗り出すみたいにドキドキしました。でも、楽屋の廊下で「間違える時は間違える!」と大声で言っていた野田さんが、最初の方で本当に間違えたお陰で、「こういう時もあるよな!」とフラットな気持ちになれて助かりました。今日は、お客様の反応を感じてさらに波に乗るというか、“船が動き出す”ような感覚がすごく新鮮で楽しかったので、ずっとフレッシュな気持ちのまま楽しめたらいいなと思います。健康に気を付けて、大きい声を出して頑張っていきたいです。
▼深津絵里
「こんな初日は初めて」と思ったくらい、小さなアクシデントがいろいろとあり、とってもドキドキした初日でした。でも、戯曲を初めて読んだ時のまっさらな瑞々しい気持ちを、お客様に毎回届けられたらと思ったこの作品。こういう初日がふさわしいのかもしれないな、とも感じました。動きと言葉と芝居、スタッフの皆さんとの連携……本当にたくさんの要素で成り立っていて、そのどれか一つが崩れると、全てが壊れてしまいそうなほど繊細な舞台。けれども言葉はとても力強い。そのバランスを楽しんでいただけたらなと思います。丁寧で繊細な心を失わないよう、最後まで精一杯努めたいと思います。
▼野田秀樹
いつかやりたいとずっと前から思っていたテーマを、作品にすることができました。この素晴らしいメンバーが揃わなければ、叶わなかったことです。長く芝居をやってきたことへのご褒美のように感じています。初めての表現もあり、お客様はどういう反応なのかなと思っていたんですが、こういう芝居も受け入れられるんだなという感じがした初日でした。役者としての私自身は序盤で台詞を間違えて、久しぶりに舞台上でうろたえました。まだ一から出直せるということが嬉しいです(笑)。たぶん、世界中のどこにも存在したことのない芝居ではないかと思います。この作品は、答えのない様々に捉えることのできる芝居なので、だからこそよりたくさんの方に見てもらえたらなと思います。
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