“ひろくん”だった幼なじみが1000万円かけて女の子に…68キロ減量、東京理科大卒の“彼女…

2026/04/15 07:50 

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”ひろくん”時代のさらしな叶夏さん(@idol_kannaより)

 3歳頃から性別への違和感を抱え、周囲の目に悩みながらも、上京をきっかけに女性として生きることを決意したという、さらしな叶夏(かんな)さん。かつて“ひろくん”として過ごしていた彼女が、幼なじみと再会する様子を収めた動画は約260万再生され、「女の私より可愛い」「どゆこと?ってなった。すごい!」など、多くのコメントが寄せられた。1000万円をかけた施術や、一番つらかった女性ホルモン治療の葛藤、そして今思い描く未来について、話を聞いた。

【ビフォーアフター写真】1000万円かけて”別人級”の変化…女性になった現在の叶夏さん

■3歳から抱えていた性別への違和感…強い拒否感を感じた“ランドセル選び”

――「5年ぶりに幼なじみと会ったら女の子になってた!」という投稿は約260万再生され、「女の私より可愛い」「どゆこと?ってなった。すごい!」など多くのコメントが寄せられました。こうした反響についてどう感じていらっしゃいますか?

「正直ここまで大きな反響をいただけるとは思っていなかったので、とても驚きました。同時に、『女の私より可愛い』といったコメントをいただけたことは、これまで努力してきたことが少し報われたような気がして、すごく嬉しかったです。

 一方で、『もし自分が幼馴染の立場だったら混乱しちゃう』というコメントにも見られるように、まだこうした変化に戸惑う方が多いのも事実だと思います。ただ、その驚きや戸惑いも含めて、こうして多くの方に知っていただけたこと自体に大きな意味があると感じていますし、この投稿をきっかけに、さまざまな生き方があることを少しでも身近に感じてもらえたら嬉しいです。

――叶夏さん自身は、久しぶりに幼なじみにお会いするにあたってどんな気持ちでしたか?

「とても怖かったです。実際、これまで他の幼なじみや地元の友だちと会った際には変化を受け入れてもらえず、疎遠になった経験があります。なので、今回も同じようになってしまうんじゃないかと不安でいっぱいでした。ですが、ここまで頑張って変わってきた自分を受け入れてほしいと心の底から思っていたので当日は可愛い服を着て、めいいっぱいの笑顔で『久しぶり!』と言おうと決めてました! また、自信を持ちたい時のルーティーンであるイヴ・サンローランの香水を身につけて、少しでも自信を持って前向きな気持ちで会う瞬間を迎えました」

――ご自身の性別に違和感を持ち始めたのは、いつ頃だったのでしょうか?

「性別に違和感を持ち始めたのは3歳頃です。周りの男の子たちとどこか違う感覚があり、『自分は女の子になりたい』と感じていたのを覚えています。実際、女性アイドルが好きだったり、プリキュアに憧れたり、おままごとをして遊ぶことが多く、『男の子って不思議だな』と感じることもありました」

――そうした違和感を、はっきり意識するようになった出来事はありましたか?

「最初に男の子として見られることに強い拒否感を感じることになったのはランドセル選びの時です。私はピンクのランドセルを選びたいと両親に伝え、『女の子になりたい』とカミングアウトもしましたが、地元では周囲の目や噂を気にせざるを得ない空気があり、自分の想いをそのまま受け入れてもらうことは難しい状況でした。結果的に黒のランドセルを選ぶことになり、そのときに初めて自分は周りの女の子とは違うんだと強く感じたのを覚えています。現在も従兄弟の結婚話などに影響するから地元には帰ってこないでほしいと言われており、地方都市ではまだまだ理解が追いついてない部分が多いんだなと強く感じています」

――その後、女性として生きていく決断をされたきっかけは何だったのでしょうか?

「その後も違和感を抱えながら高校卒業まで地元で過ごしていましたが、大学進学をきっかけに上京したことで、一度きりの人生だからこそ、自分が本当に望む姿で生きたいと強く思うようになりました。そして、自分自身に正直に生きる決断をし、女性として生きていく道を選びました」

■1000万円かけて“女性”に 一番つらかったのは女性ホルモン治療の決断

――女の子になるにあたって、1000万円かかったとのことですが、具体的にどのような施術をされたのでしょうか?

「顔の輪郭手術(エラ・頬骨の縮小手術)200万円、眉骨削り・アイホールボーン削り170万円、声を高くする手術150万円、額の脂肪注入30万円、二重整形40万円、鼻整形160万円、脂肪吸引(顔・腹部・背中・二の腕・太もも)250万円、こういった施術をしました。

 中でも、声を高くする手術は私にとって特に大きな決断でした。将来の夢がアイドルということもあり、もし失敗すれば声が出せなくなってしまうのではないか、活動自体ができなくなってしまうのではないかという不安も大きくありました。それでも、自分の理想の声でステージに立ちたいという気持ちの方が強く、その一歩を踏み出しました。どの施術も簡単なものではありませんでしたが、すべて自分自身の人生を前向きに進めるための選択だったと感じています」

――現在のお姿になるまでに、一番つらかったことはどんなことでしたか? 

「女性ホルモン治療を始める決断をする時が一番つらかったです。治療を行うと生殖機能が失われるため、一生子どもを作ることができなくなります。私自身はバイセクシャルでもあるので、将来もし女性のパートナーができた場合のことを考えると、大きな葛藤がありました。『自分らしく生きるのか、それとも将来の選択肢を残すのか』という二者択一を迫られているようで、とても苦しかったです。普通の女の子として生まれていれば、こんな思いをしなくて済んだのに、と自分を責めたこともありました。学生時代は恋愛でも、性別のことで相手に受け入れてもらえないことが多く、想いを伝えてもうまくいかない経験が続きました」

――そうした経験をどのようにして乗り越えられたのでしょうか?

「友人の存在に支えられて乗り越えることができました。まだ男性的な見た目をしていて、本当に女性になれるのか悩みながら、ホルモン療法を始めるか迷っていた時期がありました。そんな中、大学の仲の良い友人たちが『可愛くなることなら私たちが全力でサポートするから、迷わず自分の生きたい生き方を選んでほしい。たった一度の人生なんだから後悔しないで』と声をかけてくれたんです。その言葉に背中を押されてホルモン療法を始める決断ができましたし、一人じゃないと思えたことが大きな支えになりました。恋愛については今も悩むことがありますが、これから少しずつ自分らしい形で向き合っていけたらと思っています」

――ご家族やご友人など、『ひろくん』時代を知っている方と、叶夏さんになってから出会った方とでは、それぞれどのような反応がありましたか?

「家族はもう好きに生きなさいって感じです(笑)。私たちの生活に影響を与えることがなければ勝手にどうぞという感じで、一定理解をしてもらえるようになりました。ひろくん時代の友人については、可愛くなれるように応援してくれる子が多く、今も変わらず関係が続いています。ほとんどの子が昔と同じように『ひろくん』と呼んでくれて、その呼び方にもどこか安心感がありますし、実は気に入っている部分でもあります。また、大きな手術を受ける前には一緒に神社にお参りに行ってくれるなど、支えてくれる存在がいることにとても救われてきました。

 一方で、叶夏として生きるようになってからは、実はまだ誰にもカミングアウトしてないです。なので、最初から一人の女性として自然に接していただけることが多く、いい意味で特別視されることなく、居心地の良さを感じています」

――ひろくん時代と現在の叶夏さんでは内面はどのように変化しましたか?

「ひろくん時代は、これから先、女性として生きていけるのか不安に感じることが多く、日々危機感に追われて焦っていました。正直、就職できる会社もないと思っていたので、手に職をつけようと思い、検定などを取得しました。一方、叶夏になってからは『可愛い上に高学歴なの!?』と褒められることが多く、自分のこれまでの努力を肯定的に受け止めてもらえる機会が多くなりました。そうした経験を通して、『応援してくださる方の期待に応えたい』という気持ちが強くなり、以前よりも前向きに物事を捉えられるようになったと感じています」

■「できないことなんてない」120キロから52キロに…目指すのは唯一無二のトランス女子アイドル

――女の子になるにあたって、ロールモデルはありましたか?

「元乃木坂46の齋藤飛鳥さんをロールモデルにしていました。高校生の頃から憧れていて、当時から女性アイドルになることが夢だった私は、その想いを直接伝えたことがあります。その際に『大変なことも多いと思うけど、絶対可愛いアイドルになれるよ。頑張って、一緒にお仕事しようね!』と声をかけてもらい、その言葉が今も大きな支えになっています。だからこそ今は、誰かに希望を与えられるような存在でありたいと思っていますし、日々できるだけ笑顔でいることや、ポジティブな言葉を届けることを大切にしています」

――女の子になれたことで、ご自身の中で人生観や恋愛観などの価値観はどのように変化しましたか?

「できないことなんてないと感じるようになりました。ひろくん時代は体重が120キロあり、当時は自分が女の子として生きることなんて想像もできませんでした。それが今では52キロまでダイエットに成功し、男の子として入学した大学を女の子として卒業することもできました。だからこそ、不可能だと思っていたことも、努力次第で変えられるんだと実感しています。今後も難しいことに直面しても、解決策を考えながら粘り強く向き合っていきたいです」

――今後の目標をお聞かせください。

「今後の目標は、アイドルとして『こういう生き方もあるんだ』と思ってもらえるような存在になることです。ただ現状として、トランス女性であることを理由に、女性アイドルとしてのマネジメントが難しいとされることも多く、芸能事務所への所属を断られるケースもあります。

 そのため、まずは自立した生活を築くために、4月から外資系コンサルティングファームで経営コンサルタントとして働き始めました。東京理科大学で学んだ知識も生かしながら、社会人としても価値を発揮していきたいと考えています。それでも、アイドルの夢を諦めるつもりはありません。唯一無二のトランス女子アイドルとして、同じように悩んでいる人に夢や希望を届けていきたいです。なお、2026年4月には戸籍上の性別変更が認められ、法的にも女性として生きていけるようになりました。こうした経験も含めて今後も発信を続けながら、活動の場も広げていけたらと考えています」
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