台風被害による半線不通のなか“夢”をどう走らせる? 大井川鐵道が守り続ける「憧れの列車」
桜吹雪の中を颯爽と走るSL急行(画像提供:大井川鐵道)

【画像】パーシー号も登場! 大井川鐵道のきかんしゃトーマス号となかまたち
■「目的地に行くための鉄道は終わった」変わる地方鉄道の役割
静岡県島田市を拠点とする大井川鐵道は、2022年の台風被害以降、全線の約半分にあたる区間で運休が続いている。復旧工事を進めながら段階的な再開を目指しており、全線開通は2029年春の見込みだ。長期にわたる運休は、単なる交通機能の停止にとどまらず、経営そのものに大きな影響を与えている。
路線の半分が止まるという状況は、そのまま収益構造の歪みとして表れる。同社鳥塚社長は、厳しい現実を語る。
「路線40キロのうち20キロしか動いていないので、運賃収入は半分です。ただ、維持管理費や人件費は半分にはならない。『全線開通したら行きます』という声は多いですが、それは数年後の話。だからこそ、今来ていただくために、我々から仕掛けていかないといけないと思っています」
その一手が、夜行列車ツアーや食堂車企画といった体験型の取り組みだ。鳥塚社長は、これまで「えちごトキめき鉄道」や「いすみ鉄道」の再建にも携わってきた、いわゆる“ローカル鉄道再生請負人”として知られる存在。各地で培ってきた経験をもとに、大井川鐵道でも「体験そのものを価値にする」方向へ舵を切っている。
「お客様の数が限られるのであれば、一人当たりの単価を上げる必要がある。そのために新しい企画をつくり、情報発信をしていく必要があります」
半線不通という制約の中で、「今来る理由」をどうつくるか。人口減少や自動車依存の進行により、鉄道の役割そのものが変わりつつあり、それらと向き合いながらの試行錯誤が続いているという。
「通勤や買い物といった“目的地に行くための鉄道”という役割は、地方ではほぼ終わっています。みんな車で移動してしまうのが現実です。目的地に行くための需要を突き詰めても、そこに未来はないと感じています。一方で、全国には『列車に乗ること自体が楽しい』という方たちがいるんです。『この列車に乗ってみたい』という理由で、人は動くものです」
象徴的なのが、2014年に運行を開始した「きかんしゃトーマス号」だ。人気キャラクター『きかんしゃトーマス』の世界観を再現した観光列車で、訪れる人の多くは静岡に用事があるわけではない。
「お客様はトーマスに乗るためだけに来ている。場所がどこであるかは関係なく、“体験そのもの”を求めて来ているということです」
さらに、「ローカル鉄道の価値は風景と切り離せない」と語る鳥塚社長。茶畑や川の風景も、そこに列車が走ることで一気に魅力が引き立つ。列車は単なる移動手段ではなく、地域の魅力を可視化する装置でもあるという。駅前の商店や旅館、人々の暮らしまで含めた“情景”として体験されること。それこそが、地方鉄道ならではの価値だ。
■“大変なお荷物”でも走らせる 効率では測れないSLの存在価値
そうした取り組みの中核を担うのが、大井川鐵道の象徴ともいえる蒸気機関車(SL)だ。しかしその維持には、多くの手間とコストがかかる。
「正直に言えば、大変なお荷物です」
そう語りながらも、その裏側には日々の積み重ねがある。SLは、石炭に火を入れ、蒸気圧を上げるまでに数時間を要する。現場では早朝4時、5時から準備が始まり、走らせる状態になるまでに4時間以上かかることも珍しくない。
「昔は一晩中火を落とさずに維持していましたが、今は環境の問題もあってそれはできない。毎回ゼロから立ち上げる必要があるんです」
燃料や水の確保、日々の点検や整備も欠かせない。効率だけを考えれば、決して合理的とは言えない存在だ。維持し続けるには、相応の覚悟と継続的な投資が求められる。
それでもSLを走らせ続ける理由について、鳥塚社長はこう語る。
「SLがなければ、ここまで人は来てくれないと思います。コストがかかっても、お客様に来ていただけるのであれば、その方が経済的には健全です。SLは広告宣伝費のような存在でもあり、維持にコストがかかる一方で、それ以上の価値を生み出していると捉えています」
さらに、その価値は集客だけにとどまらない。
「子どもの頃にSLに乗った経験は多くの人の記憶に残りますよね。そういう体験を通じて、鉄道や地域に興味を持ってもらえる、それが将来につながっていくと思っています。実際に、私自身も子どもの頃、改札で切符にハサミを入れてくれる駅員さんや、運転士、石炭をくべる人たちがとにかくかっこよく見えた。その姿に憧れて、鉄道の世界に入りたいと思ったんです」
鉄道会社の視点で見れば、SLは決して合理的な存在ではない。維持費や人件費、設備投資の負担は大きく、効率だけを基準にすれば成立しない。それでもなお走らせ続けるのは、SLが人の記憶や感情に働きかけ、地域と人を結びつける力を持っているからだろう。
■一方通行ではない“つながり”へ…従来の鉄道ファン像とは異なる層の広がり
2025年、創業100周年を機に大井川鐵道が掲げたのが「一方通行をやめる」という方針だった。その象徴がオンラインサロンの立ち上げであり、DMMオンラインサロン「SALON AWARD 2025-2026」ではビジネス部門賞も受賞している。
「鉄道会社は、お客様と直接対話をすることがなかなか難しい部分があります。またお客様も鉄道会社に対する警戒感、ハードルの高さがあると思いますが、そこを低くするのがオンラインサロンの“つながり”だと捉えています」
従来は時刻や運賃といった情報発信が中心だったが、いまは「どんな列車か」「どんな体験ができるか」といった細部への関心が高まっているという。共通の関心を背景に、利用者との距離は少しずつ縮まり、イベントなどを通じて、利用者同士のつながりも生まれている。
「大井川鐵道に対して意識の高い方々が集まり、コミュニティが成長していく。それが本来あるべき姿だと思っていますし、鉄道という共通のテーマをきっかけに、世代を越えた交流も広がり、50~60代の人が20代の若者と友達になるケースもあります」
こうしたつながりの広がりは、利用者層の変化にも表れている。近年は女性客の増加も目立ち、従来の鉄道ファン像とは異なる層の広がりが、新たな需要を生み出しているという。
「最近は『この電車、可愛い』から始まって、美味しいものや美しい景色を求めて女性が乗りに来られるケースが増えています。男性のマニアは一人で来る方が多いですが、女性は周りの人も連れてきてくれるので、購買力という点でも地域にとって大きい存在です。従来の鉄道ファンは男性が中心でしたが、1人で夜行列車に乗る女性のお客さまも珍しくなく、鉄道利用のあり方も変化しているのかもしれません」
こうした変化は、鉄道のあり方そのものにも表れている。従来の鉄道ファン像にとどまらず、女性や幅広い層へと利用が広がることで、多様な人々がそれぞれの楽しみ方で関わるようになっている。
「列車が走ることで、その地域に用のなかった人が訪れ、景色や文化に触れて、また来たいと思ってもらえる。そうした循環を生み出すことが、地方鉄道の役割だと思っています。『全線開通したら』と言わずに、今来てください」
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