“パンの相棒”の固定イメージを覆す? 「スライスチーズ」の調味料化、用途の再定義で市場苦戦…
森永乳業のKraftシリーズから発売された『デミグラスライスチーズ』

【写真】スライスチーズの調味料化…グラタンが『デミグラス風味』に
■スライスチーズ市場苦境の要因に トーストが担ってきた“朝の固定席”の崩壊
スライスチーズ市場の苦境は、パンの製造量縮小と歩調を合わせる形で表れた。2024年には食パンの販売は前年割れを記録。共働き世帯の増加による朝食時間の短縮やグラノーラやヨーグルト、オートミールなどの“時短型主食”の台頭によって、トーストが担っていた「朝の固定席」が大きく揺らいだと考えられる。
「パンの売り上げが落ち込んでいる年は、スライスチーズも連動して下がる傾向にあります。スライスチーズの用途がパンに偏りすぎている点が大きいですね」(森永乳業株式会社 坂本隼人氏、以下同)
実際、スライスチーズの使用カテゴリー構成比は、パン向け用途が依然として8割を占める。用途が限定されているため、パンの動向の影響をダイレクトに受ける脆弱性が生まれてしまっていた。
一方で、料理用途のチーズとしては、シュレッドチーズのシェアが伸張してきている。人気の秘密は、調理時に扱いやすく、価格も比較的安価であること。“選ばれる理由”が明確なため、スライスチーズが本来持っていたはずの料理シーンを大きく奪っている。
「2017年から2024年の伸長率を見ると、スライスチーズが108%でシュレッドチーズは134%です。市場構成比もスライスとシュレッドで68対32くらいだったものが、現在は50対50になっています。スライスチーズも伸びてはいるのですが、それ以上にシュレッドチーズの需要が高くなっている。シュレッドは基本的には加熱して使うものなので、パンや加熱調理のシーンでスライスチーズが弱くなっていた部分もありますね」
スライスチーズが圧されているのは、“需要の絶対数が減っている”のではなく、「スライスチーズが食卓の中で十分な存在理由を発揮できなくなっていた」ことが本質だといえるだろう。
■1960年代に日本に登場、スライスチーズにしか果たせない3つの役割とは?
スライスチーズとパンの結びつきは、1960年代にさかのぼる。日本の洋風化とともにスライスチーズが普及し始めた際、広告訴求はほぼ全て“パンに乗せる”という形だった。
「1960年代に日本にスライスチーズが登場し、1970年代に個包装のスライスチーズが普及していきました。その頃から弊社も含めて、パッケージや広告などでパンに合わせた食べ方の訴求を行っていました。このチーズトーストが定着して、スライスチーズはパンに使用するものという認知が広がった。それが現代にも通じている部分があると思います」
当時の広告でも、チーズトーストやピザトーストで食べ方を訴求していた。“スライス=パン”という認識が半世紀以上に渡り定着していることとなる。誕生の瞬間から“パン専用食品”として認識され、業界側も長年その文脈で商品を開発し、「用途の拡大が妨げられてしまった。ジャンルとしての幅を広げていかなければならない」と坂本氏。
スライスチーズにしか果たせない役割として、坂本氏は「大きく3つのポイントが挙げられる」と分析する。
1つ目は「個包装のため、容量が決まっていて使いやすく衛生的である」という点。
「シュレットチーズの場合、ふりかけて使っていただくので、こぼれてしまったり、キッチンを汚してしまったりする。スライスチーズはめくってそのまま乗せるだけなので、そういったことは起きません」
2つ目は「加熱をしなくても、そのままで食べられる」こと。
「シュレッドチーズは加熱しないといけない商品が多いです。スライスチーズはそのまま食べられるので、食べ方を限定しにくい。「そのまま食べる」という方も多く、小腹満たしにもおつまみにもなるので、食べ方の汎用性があります」
3つ目は「味のバリエーションが幅広い」こと。スライスチーズはプロセスチーズに分類されるため、味わいを多少加えることができる。ここがシュレッドチーズ(ナチュラルチーズ)にはないポイントだと坂本氏。
「当社も、辛いスライスチーズ『強烈旨辛スライス』や甘さを感じられるスライスチーズ『練乳スライス』を期間限定などで発売し、新しい需要の喚起もしてきています。スライスチーズであれば、非加熱でも、そのままの状態で食べてもいい。そういった点も汎用性が高い部分ではないかなと思っています」
■調査で見えた意外な事実 パン以外の主要用途は「ハンバーグ」だった
同社は市場縮小の要因を探るため、独自に家庭でのスライスチーズの使用実態を調査。そこで判明したのは、「スライスチーズは温かい家庭料理でも使われている」という意外な事実だった。
「使用頻度はパンが圧倒的に多いのですが、“使われているシーン”だけを見ると、実はハンバーグ・グラタン・ピザが上位だったんです」
使用シーンの1位がハンバーグ、2位がグラタン、3位がピザという調査結果から、家庭料理においてスライスチーズの需要はしっかりと存在していたのにも関わらず、商品側がその需要に寄り添えていなかったということが浮き彫りとなった。
「ハンバーグにスライスチーズを乗せる文化は昔からありましたが、専用の商品はまだ存在していませんでした。今回は家庭で作るのが難しい“デミグラスソース”にヒントを得て、ハンバーグに使う『デミグラスライスチーズ』を開発しました」
ハンバーグと言えば、現在はワンパンで調理できる“酒蒸しハンバーグ”などSNSでも大きな話題となっているジャンル。家庭での頻出度合いも高いという。しかし味付けの上位を見ると、大根おろしやケチャップ・ウスターソースが上位。ハンバーグのソースとして最も味を想起させるデミグラスソースは、家庭で作るハードルが高いことが分かっていた。「缶やレトルトの商品だと量が多くなりますし、味の調整も難しい。原価が高いこともあり、家庭での再現性は低いと推察しました」。
こういった点から、外食では人気なのに家庭ではほとんど作られることがない。“食べたいのに作れない味”がデミグラスであり、ここにこそ「スライスチーズで介在できる余白」があると坂本氏は話す。
「人気があるし、家でも食べたい。でも、家庭で本格的なデミグラスを作るのは手間がかかる。そのギャップが大きいと感じました。長らくスライスチーズは“パンの上の食品”でしたが、その幅を広げる挑戦として、料理の“調味料の1つ”だと再定義できないかと考えました」
■“家庭料理の調味料”へ幅を広げる「料理そのものの“気持ちが上がる存在”に」
試行錯誤を重ねて完成した「デミグラスライスチーズ」は、発売後の販売実績として計画比150%という好調な滑り出しを見せた。
「過去の期間限定品と比較すると、約2倍の動きになります。ハンバーグに乗せるだけではなく、“そのまま食べてもおいしい”という声もいただきました。パッケージデザインもとても重要なポイントでした。“用途が1秒でわかる”ことを狙い、ハンバーグの写真を大胆に配置。売り場でもお客様が迷うことがないように設計しています」
単なる“パンの相棒”では終わらせずに、さらに用途を広げていく。スライスチーズの“調味料化”を実現したいという。
「まだまだ、パンの売上に左右されやすいジャンルではあります。だからこそ、『何かおもしろいことをやっている』と目を向けてもらえる商品を今後も開発していきたいです。Kraftのブランドで、スライスチーズをパンだけでなく、白米や麺類、様々な料理など、主食を横断して使えるチーズとして進化させたいです。料理そのものの“気持ちが上がる存在”にしたいと思っています」
今回の「デミグラスライスチーズ」は、単なるフレーバー商品の拡張ではなく、“スライスチーズを調味料として使う”という新たな価値観を提示する取り組みだといえる。転換期にある今、パンの上に乗せるだけの役割ではなく、家庭料理の中心的な存在へとどう戻していくのか。「デミグラスライスチーズ」は、その問いに対する最初の回答なのかもしれない。
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