「男に救われることをゴールにするな」名言に反響、『べらぼう』の舞台“吉原”と芸能界の共通点…

2025/05/26 08:40 

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反響が集まる…現代版“吉原”をテーマとした作品(C) 宇月あい/シーモアコミックス

 NHK大河ドラマ『べらぼう』が話題を呼んでいる今、“現代に蘇った吉原”が舞台のマンガが注目を集めている。花魁が女優としても活躍しているという驚きの設定であり、昨今の芸能界事情とも共通するエピソードも…。示唆に富んだ女性の生き方を描き、2021年に『みんなが選ぶ!!電子コミック大賞』の大賞を受賞した『十億のアレ。~吉原一の花魁~』(シーモアコミックス)。作者の宇月あい先生に話を聞いた。

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■花魁や遊女の世界を再現、その内情は…「現状ではこの世界でしか生きる術のない女性も確実にいる」

 本作の舞台は、現代に再現された遊郭「吉原」。表向きは華やかな高級ショッピング街だが、その裏では金持ちや権力者たちが飽くなき欲望と快楽を貪っていた。主人公は、養父母の借金のカタに売られてきた少女。幾多の困難に直面しながらも、理不尽な扱いには毅然と立ち向かう反骨精神に溢れた彼女は、やがて男に“消費”されることなくトップ花魁を目指して成長していく――。

──もともと先生が吉原に詳しかったことから、本作を着想したそうですね。

 「たまたま椎名林檎さんの『茎 (STEM) ~大名遊ビ編~』のMVを観て、『こんな絵を描いてみたい!』と雷に打たれたような感覚になったんです。絵の資料として吉原や遊郭に関する文献も読み漁りました。ただ、花魁や遊女の暮らし、生涯を知れば知るほど、『私が本当に描きたいものは絵では表現できない』という思いが強くなっていったんですよね」

──華やかな見た目とは裏腹に花魁たちの運命がかなり過酷だったことは、大河ドラマ『べらぼう』でも描かれました。

 「ただ、一概に吉原を否定するのも難しいと思いました。本作を描くにあたって現代の性風俗についても勉強したんですが、現状ではこの世界でしか生きる術のない女性も確実にいて。とはいえ、心も体もすり減る職業であることは事実。“描き手がこの物語の世界をどのように捉えているのか?”という視点を決めるのが、一番苦労したところでした」

──花魁が女優をしていたりと、現代版吉原と芸能界が繋がっているという設定はどこから?

 「江戸時代の吉原に現代で一番近いのは、風俗街ではなく芸能界だと思いました。浮世絵などもそうでしたが、メディアと連携した流行の発信地であったり、花魁もファッションリーダーのように憧れられる存在でした。もう1つ欠かせない類似点として、富裕層や権力者にとって花魁は自分のステイタスを誇示するための“モノ”でもあると思いました」

──いわゆるトロフィーワイフですね。

 「嫌な言い方ですけど、連れて歩くことで自慢できる女性。もしかしたらお金で釣れるかもしれないと想像を掻き立てるような…。そんな存在を現代に置き換えると、このような形が一番しっくり来るなと思ったんです」

■「消費されない」反骨精神ある女性を主人公に、“賢い生き方”では状況は変わらない

──主人公・アザミは花魁でありながら「男に消費されない」ことを強く誓う女性。そんな反骨精神に溢れた女性を主人公にしたのは?

 「吉原を舞台にマンガを描くなら、『嫌だ!』と言える女性を主人公にしたいと決めていました。私だったら嫌だと思ってしまうし、読者の大半もそうだと思うんです。もちろん仕方のない状況を受け入れて、したたかに器用にサバイブできる人も現状たくさんいるとは思いますが」

──本作ではアザミの同僚・つくしが、そんなタイプとして描かれていますね。

 「つくしは、うまく生きてしまえる人間として描きました。体を売る職業でなくても、女性の役割を押し付けられることに慣らされてしまっている人は多いと思うんですね。明らかなハラスメントをされても、場の空気を乱さないためにとりあえずニコニコしておいたり、なんとなく受け流したり。たしかに相手も嫌な気持ちにしないですし、賢い生き方なのかもしれません。だけど『それじゃ状況は何も良くならないんだよな』というモヤモヤもずっとありました」

──ただ、女性が声を上げると叩かれたりもしますよね。

 「被害に遭った側が叩かれる世の中は、あまりにもつらいと思います。また、“賢く”振る舞ってきた女性に対しても『お前たちが黙って受け入れてきたから、こんなことになったんだ』と責任をなすりつけるような言説もあって。いずれにしても今は、世の中が目を背けてきた歪みが大きな亀裂となって、そこから溜まりに溜まった怒りが噴出しているんだと思います」

──本作でも現実と似た問題が描かれますが、先生は予見されていたのでしょうか?

 「特に何かの事件をモデルにしたわけではないのですが、似たようなことを見かけると心が痛みます。女性が権利を獲得してきた過程には、『嫌だ!』と正面切って戦ってきた女性がいたわけで、アザミはその象徴として描いています。今は声を上げた女性に対する攻撃があまりにも激しいので、すべての女性に『戦え』とは言えません。でも、心の中に1つの可能性として持っておくだけでも何かが変わると思うんです。本作も、そんな女性が1人でも増えたらいいなという願いを込めて描いています」

──吉原から抜け出したいアザミが大金持ちのイケメンから身請けを打診されるエピソードは、予想外の展開に転がっていきます。どのような思いから描いたのでしょうか?

 「江戸時代の遊女たちの理想は、お金持ちに身請けされて吉原を辞めることでした。でも、『べらぼう』でも描かれたように、遊女が身請け後に幸せになれるとは限りません。もちろん当時は遊女を続けること自体が命懸けでしたから、辞められるだけでも十分だったのかもしれません。ただ、“お金で女性を自分のモノにしようとする”というシステムの不均等さに対する疑問はずっとありましたね」

──一方で、アザミに「男に救われることをゴールにするな。一人で立つことをゴールにするんだ」と言う男性も登場します。このセリフ、SNSで白熱している“奢り奢られ論争”に通じるところもあってか、多くの読者が「名言!」とコメントしています。

 「苦しい状況から抜け出させてくれる都合のいい男性を待つなんて、不確定要素が多すぎますし、だったら自立を目指したほうがいいと思うんですよね。私、『結婚を迷っている』といった相談をされると、つい『お金を貯めよう』と言ってしまうんです(笑)。ようは、何かあったらいつでも離婚して自活できる貯金があれば、結婚も迷いなくできると思っていて。その考えを何らかの形でマンガにも描きたかったんですよね」

──そんな本作は、2021年には『みんなが選ぶ!!電子コミック大賞』も受賞しています。

 「ただただ驚きで、私の弱音をいつでも受け止めてくださる編集者さんには感謝しかありません。(連載している)シーモアコミックスは、マンガ家に対するサポートがとても手厚いんですよ。昨今、SNSで多くのマンガ家さんが提起している“単行本の表紙の原稿料が出るか出ないか問題”にも即座に着手してくれました。執筆の環境がどんどん改善されているからこそ、安心して連載が続けられているところが大きいですね」

──絵や登場人物の魅力はもとより、多くの読者が奥行きのあるストーリーに引き込まれています。今後どんなところを楽しみにしていてほしいですか?

 「伏線のある話が好きでそれを意識して描いているので、『あの時のあのセリフがここに繋がってる!』みたいに読み返していただけたら、こんなにうれしいことはないです。女性がどう生きるかが本作のテーマなので、読者の方が女性であることに希望を持てたり、状況が少しでもポジティブな方向に進むきっかけになれる着地を目指しています。軽い気持ちで読んだら、『最初に思ってた感じと何か違うぞ』と感じてもらえたら理想ですね」

(文:児玉澄子)
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