映画「ジョーカー2」エンタメ業界の「腐敗」も描く トッド・フィリップス監督インタビュー【ネ…

2024/10/14 14:00 

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「ジョーカー2」(公開中)(C) & TM DC (C)2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

 都会の片隅でピエロメイクの大道芸人をしながらコメディアンを夢見るアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)が、社会の理不尽と孤独にさらされ、悪のカリスマ“ジョーカー”へと変貌を遂げるまでを描いた『ジョーカー』(2019年)。その続編にして完結編となる『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』(通称「ジョーカー2」)が公開中だ。

【動画】「ジョーカー2」賛否レビューと新映像で構成された映像

 物語は、前作から2年後。ジョーカーことアーサーは、テレビの生放送中に司会者のマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)を殺害した罪などに問われ、アーカム州立病院に収監中。ある日、病院内で謎の女性リー(レディー・ガガ)と出会い、恋に落ちる。そして、裁判が始まり、その模様は全世界に中継されていく。裁かれるのは、時代の寵児となった悪のカリスマ・ジョーカーなのか、それともただの人間アーサーなのか?

■「ジョーカー」シリーズは2作とも「悲劇」

――以前、「どんな映画を作るにしても、世界で起きていることの影響を受けざるを得ない」とおっしゃっていたのですが、今作に最も影響を与えたことは?

【トッド】世の中にはさまざまな形で「腐敗」が存在しています。具体的には、僕たちの映画では、司法制度や刑務所制度の腐敗、そのほかの社会的な腐敗が描かれています。でも、実際に強く影響を受けたのはエンターテインメント業界の腐敗です。

 特にアメリカでは、殺人犯の裁判がテレビでエンターテインメントとして放映されています。大統領候補の討論会さえ、プロレスの試合のように売り込まれているんです。すべてがエンターテインメントになったとき、エンターテインメントはどうなるだ?という危機感がありました。

 冒頭のカートゥーン(アニメーション)も、それを表現したものです。テレビ司会者マレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)を生放送中に殺したジョーカーのような凶悪犯であっても、こうしたカートゥーンになってしまったりするという状況を描いています。

――ミュージカル、法廷劇、毒のあるラブストーリーなど、さまざまなエンターテインメントが含まれていますね。

【トッド】僕にとって、それがまさに映画作りの醍醐味です。つまり、いつも一つの要素に絞るわけではありません。この映画は、僕がこれまでに手がけてきたものとは異なる作品であり、だからこそ挑戦的でした。ホアキンや(リー役の)レディー・ガガにとっても同じことが言えると思います。

 正直に言えば、脚本を書き始めたときには、この映画にこれほど多くの音楽が入るとは思っていませんでした。ミュージカルにしようと思って書き始めたわけでもないんです。ストーリーを書いていく中で、自然と音楽が出てきました。

――俳優たちに「歌やダンスをやる」とどうやって説得したのですか?

【トッド】ホアキンは挑戦が大好きです。もしこの映画が、普通の続編のような展開だったら、彼は参加しなかったでしょう。彼は1作目のように、失敗するかもしれないという不安を感じる作品に挑戦したいんです。だから、僕はただ彼にその挑戦を提示しただけです。それが説得の方法でした。

――「ジョーカー」においてジャンルは重要ですか?

【トッド】いいえ、ジャンルはあまり重要ではありません。僕はこの映画を「悲劇」だと思っています(笑)。音楽が入っている悲劇です。「ミュージカルではない」と言ったことがありますが、その意味は、「ミュージカルのように、観終わった後に幸せな気持ちになる映画ではない」ということです。この映画では、観客が曲を口ずさみながら映画館を出るようなことはないでしょう(笑)。ジャンルの話は、あくまで映画を分類するためのものであり、僕にとってはそれほど重要ではありません。両方の作品を、悲劇として見ているからです。

※以下、ネタバレ要素を含むのでご注意ください

――今回の映画で色使いについて教えてください。

【トッド】アーサーがジョーカーとして目覚めるまでは、1作目と同じように、美しいけれど少し憂鬱なビジュアルになっています。しかし、アーサーがリーを見て、生気を取り戻していく瞬間から色彩が変わり始めます。その最初の手がかりが傘です。傘の色は、1作目でマレー・フランクリンのショーの背後にあったカーテンと同じ色なんです。この色は映画中に何度も登場します。特に彼らがソニーとシェール(1964~77年に活動していた夫婦デュオ)のように振る舞うファンタジーの場面で強調されます。このシーンが、僕たちの映画での新しい色の始まりなんです。

――作品づくりにおいて徹底したことは?

【トッド】『ジョーカー』と「ジョーカー2」を通して見た場合、好き嫌いに関わらず、僕たちが忠実に守っているのは「映画のリアリティ」です。つまり、映画内の出来事が現実の世界でも起こり得るように感じられることが重要です。現実の世界で「死んだ」というのは、「本当に死んだ」ということです。だから、突然、稲妻が落ちてくるような非現実的なことは描きません。

 ホアキンと僕にとって、1作目からこのリアリティの感覚が非常に重要でした。例えば、なぜ彼が白いメイクをするのかという理由を説明するために、彼をピエロとして登場させました。コミックでは酸の入った桶に落ちて変身しますが、それは僕たちにとっては現実的ではないと感じました。死を含むすべてが、現実の世界を通した視点で描かれているんです。

――音楽や歌の選択について少し教えてください。

【トッド】音楽の選択については、アーサーの子ども時代や彼の母親がどんな音楽を聴いていたかが基になっています。アーサーの母親が家の中やアパートでどんな曲をかけていたのか、彼の青春時代に流れていた音楽が影響しています。僕が幼い頃、母はよくサイモン&ガーファンクルやジョーン・バエズをかけていましたが、アーサーはそれより早い時代の人です(1作目の舞台は1981年)。

 例えば、1作目のあるシーンで、アーサーが母親をお風呂に入れるときに、ラジオからローレンス・ウェルクが流れています。彼の母親はクラシックをよく聴いていたんです。だから、今回もアーサーが「Bewitched」や「For Once in My Life」を知っているのは、母親から聞いて育ったからなんです。このように、アーサーが知っていそうな曲を参考にしました。

 また、ファンタジーシーンで使われる曲のいくつかは、ほかのミュージカルと同じように、シーンの背景やキャラクターの心情を反映させるために選ばれています。

――謎の女性リーを登場させた狙いは?

【トッド】アーサーは常にナイーブなキャラクターでした。この映画はアイデンティティーについて多く語っており、彼が初めて見つけた愛の相手が、実は彼の「分身」を愛していたらどうなるか、というテーマを描いています。その分身は外の世界が彼に押し付けたものであり、彼自身はその通りに生きることができません。彼はそれを維持しようとしますが、最終的には続けられなくなるのです。

――今回の映画では、異なる形での暴力の描き方について考えた部分があるのか興味があります。

【トッド】暴力を描く際に重要なのは、僕たちが1作目で暴力に対して非常に責任を持って描いていた点です。僕たちは、暴力が現実世界でどのような意味を持つかを示そうとしていました。誰かを撃てば、その結果として血が流れ、撃たれた人は死んでいきます。それが現実の暴力です。しかし、一部の人々には「これはひどい暴力描写だ」と受け取られてしまいました。

 この映画では、暴力の影響をもっとリアルに描くことが重要でした。例えば、リー・ギルが演じたゲイリー・パドルズ(アーサーの元同僚の道化師)が法廷で証言するシーンでは、彼が暴力を経験した後、仕事に行けなくなり、眠れなくなってしまったと語ります。これは、暴力が人に与える現実的な影響を示すシーンです。この種の映画では、暴力が現実に与える影響が描かれることは少ないのですが、今回はそれを強調したかったんです。僕たちは暴力が現実世界にどんな意味を持つのかを示すために、その影響を描きました。
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