駿府城下「戦国期の街」跡 静岡市、施設予定地で発見

2019/07/12 12:37 

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 静岡市は12日、歴史文化施設の整備を予定している同市葵区の旧青葉小跡地から、戦国時代末期の武家屋敷の石垣と、屋敷前の道の遺構が見つかったと発表した。戦国時代の駿府城下の街並みが分かる遺構の発見は初めて。市は常設展示を視野に、保存処理のための調査と歴史文化施設の設計の再検討に着手。目標としていた2021年秋の開館が遅れる見通しとなった。
 戦国時代の城下町で復元・公開されているのは、全国でも福井市の特別史跡一乗谷朝倉氏遺跡のみ。発見されている類例もほとんどないという。日本城郭協会理事長の小和田哲男静岡大名誉教授は「このまま保存することが望ましいし、それだけの価値はある」と指摘する。
 見つかった道は幅約2・7メートル、長さ約30メートルで、路面は砂利混じりの土で締め固められていた。道の両側に、高さ30センチほどの武家屋敷の石垣が切れ目なく続いていた。
 石垣の特徴から、徳川家康が最初に駿府を治めた1585年ごろから、豊臣秀吉の家臣中村一氏が駿府城に入城した90年ごろまでの間に造られたと推定できるという。秀吉が家臣に築かせたとみられる天守台の跡や金箔(きんぱく)瓦と合わせ、一帯の歴史的価値はさらに高まった。
 中近世の城郭遺跡が専門の中井均滋賀県立大教授によると、石垣に武家屋敷の入り口の痕跡がないことから「相当大きな、重臣クラスのかなり位の高い屋敷地」と推定されるという。
静岡新聞

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