日韓結ぶ「ポッタリさん」どこに 情のおじちゃん、おばちゃん コロナで姿消す

2020/06/30 07:00 

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 新型コロナウイルスの感染拡大で世界各国からの入国制限が続く中、韓国・釜山市と山口県下関市を結ぶ「関釜フェリー」が旅客輸送を停止し、両市を往来する韓国の行商人「ポッタリさん」たちも姿を消した。韓国から担いできた食材などを下関で売り、日本の商品を仕入れて帰っていく「おじちゃん」「おばちゃん」たちだ。半世紀以上続く「草の根交易」を間近に見てきた人たちは「また行き来できる日が来ればいいが」と感染終息を願う。

 「ポッタリさんたちは情がある。よそのスーパーより高くても『おばちゃんのところで買ってあげよう』と言って来てくれていた」。在日コリアンの出店が集まる下関市竹崎町の「長門市場」。在日韓国人2世の夫(故人)と店を継ぎ、40年近くポッタリさん相手の小売店「大原商店」を営んできた大原順子さん(68)はほとんど空になった荷棚を見回した。

 同市の下関港国際ターミナルロビーでは関釜フェリーが発着する朝夕、フェリーに乗降するポッタリさんたちが荷を並べるのが日常的な光景だった。しかし新型コロナウイルスの感染拡大を受け、関釜フェリーが3月初旬に旅客輸送を停止。それまでは連日20人前後のポッタリさんが往来し、大原商店にはそのうち10人近くが訪れていたのが突如ゼロになった。

 ポッタリさんはハングルのポッタリチャンサ(担ぎ商い)からきた通称で、1965年の日韓国交正常化、70年の関釜フェリー就航で増えたとされる。

 かつては韓国から運んできた衣類などを下関で卸し、日本製の小型家電などを仕入れて韓国で売っていた。しかし、韓国メーカーの台頭などで日本製家電が昔ほど売れなくなり、近年はコショウやうどんの粉末スープを大量に買っていくようになった。日本の調味料は韓国で「おいしい」と評判で、それを売って細々と稼いでいるという。

 大原さんは1人30~40キロの荷を運ぶポッタリさんたちを手伝うため、朝夕、長門市場と下関港国際ターミナルとの間を送迎してきた。そのかいあってポッタリさんたちは安い量販店ではなく大原商店で商品を仕入れてきたが、突然止まったため大原さんたちは大量の在庫を抱えなければならなかった。賞味期限が迫ったものは捨てるか、投げ売りするしかなかった。

 ポッタリさんは2008年、リーマン・ショックに連鎖した韓国通貨危機で円高・ウォン安が進んだ際、日本で買った商品を韓国で売っても利益が見込めなくなり、一時激減したことがあった。「それでもお客さんは来てくれた。こんなの初めて」と大原さん。1日1万円前後あった店の収益はなくなり、毎月の家賃3万円が重くのしかかる。

 「みんなで車座になってお昼ご飯を食べることもあって、それぞれ子供の自慢話などをした。重い荷物を担ぐ仕事で子供を育て上げた立派な人たちよ」。自身もポッタリさん相手の商売で息子2人を育てた大原さん。同じく収入が途絶えているであろうおじちゃん、おばちゃんたちの身の上を案じている。【佐藤緑平】

毎日新聞

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